世界を記述する者
「此度の成果もわしの満足するものじゃった。褒美をとらそう。なんなりと申せ」
「なんでもよろしいのでしょうか? 殿」
「もちろんじゃ」
「では……この世の真理を」
「真理とな? それはおまえが解き明かそうとしておるものじゃろう?」
「私はただこの世のありようを記述する者にございます。たしかに世界を記述しつくしますれば、真理を解き明かせたといえましょう、しかし」
「ふむ」
「近頃城下でうわさされる話を耳にしました。なんでも、世界は広がり続け、またあるいは縮み続けるであるとか」
「町人の戯言にあろう?」
「かもしれませぬ。ですがもしそれが真実なれば、世界が広がり続ける限り私の記述は追いつかず、また世界が縮むのであれば私の仕事は無に帰するのです。いずれが真実なのか確かめねば仕事を続けることできませぬ」
「……なるほどの。おまえの望みはわかったぞ。町人の戯言の根源は北方の秘教じゃ。そこへの入山許可じゃな?」
「はい」
「あれは魔教ぞ? 何もなきところから山を出したとのつたえすらある。海を消したとも」
「覚悟の上にございまする」
「……ならばゆるそう。行け」
深々と一礼し、謁見の間をあとにする。懐中に手を差し入れ、こぶし大の暗黒物質をなでさすり、ひとりごちる。
「ヤツらの秘法さえ手にできれば、世界の膨張も収縮も止められる。宇宙は静止する。さすれば思う存分、世界を記述できる。世界のすべてを記述できるのだ。わしはこの世のすべてを書かねばならんのだ。一人のマッパーとして!」
目の奥をギラリと光らせ、回廊を大またで歩み去る。齢七十三になんなんとする伊能忠敬の姿がそこにあった。