「現在ネットには大きく分けて三つの勢力があることは知っているな?」

「時間が経てば経つほど作品はネットに集まってくるし、分析も引用も改変もやりやすくなりますね。同じネタをやってる人がいないかも検索できるし」
「デメリットって言ったら、広がっちゃうと自分の意志で公開が止められないとか?」
「公開は商業出版でも止めにくいと思うんですよね。物理媒体に依存してるのが最大のポイントだと思うんですけど、広げにくいし、広がっちゃうと今度は回収できない。だからそこは創作者の意志に反してネットに挙げられたケース以外はネットの方がむしろ扱いやすいんじゃないかと」
ファッキンガム殺人事件 - ぼくらの二万五千五百六十七日間戦争

「現在ネットには大きく分けて三つの勢力があることは知っているな?」
今日からおれの上司になる男の最初の言葉がそれだった。
「初出維持派と改変容認派、および紙媒体復権派ですね」
「そうだ。98年のネット元年以降、この三派のつばぜり合いは20年続いているわけだ」
ネットでのデータ公開において表立って対立するのは、初出維持派と改変容認派だ。初出維持派は「データは公開時点をもって正とする」をモットーに、ネット初期には魚拓とローカルキャプチャを武器に、現在では差分クローラ“ディファレンス・エンジン”の報告を元に自らの正義に基づき“初期復帰”する派閥だ。
対して改変容認派は、時に作者は回収要望・変更希望を抱くものであるといった感情面に訴えかけ、データ変更・修正のUPDATE文を流し続ける。ディファレンス・エンジンの登場以降は、初出維持派の“初期復帰”スピードが格段にあがったため、元データのUPDATE手段は捨て、「複製」「転載」を繰り返す戦略に切り替えて久しい。
二つの派閥にまったく相容れない存在が紙媒体復権派だ。デジタルとアナログは共存できるという意見にはまったく耳を貸さず、ただただデジタルデータを憎み、破壊しようとする。少数派ではあったが、デジタル世界には大きな影響を及ぼした。データそのものの破壊もさることながら、語尾改変ウィルスによる意味破壊や、テンプレートウィルスによるデータプールのオーバーフローなど被害は大きい。
「歴史の講義はわかりましたが、私の任務は何なんでしょうか?」
「君は口の利き方がなっとらんな。君の立場からすればわからんでもないが、ここではわしが上司だぞ?」
「失礼しました。改めて伺います。私の任務は何になりますか?」
「ふん。まあいいだろう。なに、簡単な仕事だ。この三すくみを維持しつづけるのが君の仕事だ」
「維持しつづける?」
「そうだ。初出維持派がでしゃばれば改変・転載ウィルスを散布し、改変容認派が幅をきかせれば初期復帰にリソースを割く。ときおりデジタルデータを破壊する」
「国の機関として、そんなことを行えと?」
「国の機関だから、だよ。各派閥の対立はネットを活性化し、ひいてはネットでの経済活動を活性化する。ネットの力は国の力だからな」
「承服しかねます」
「上司の命令が聞けぬと?」
「そもそもこの組織はいったいどこの指示で動いているのです? こんな組織、聞いたことがない!」
「無論、当組織は極秘扱いだ。わしの上は首相のみ。聞いてないのか? 首相がじきじきに君を指名したのだがな」
くっ。
おれは壁に貼られたポスターの中の男を睨みつける。
美しい国』? 『美しい国』だと? 父さん。あんたいったい何をしてるんだ?