セルフ・ディフェンス・フォウス
街は怪獣に襲われていた。
東京タワーがひしゃげ、まわりのビルも倒壊している。巻き上がる黒煙が陽光をさえぎり、あたりは薄暗い。いや、あちこちで炎があがりその付近だけは黒煙をオレンジ色に照らしている。
自衛隊の戦車もつぶされた。戦闘機も怪獣の怪光線で蒸発してしまった。この世のおわりだ。
僕はふらふらと路上に歩き出す。すると向こうから翼の生えた悪魔のような化け物が飛んできた。怪獣だけじゃなく他の化け物もうろついているんだ。
目の前で悪魔が大鎌を振り上げる。僕が頭をかかえてしゃがみこむと、誰かが僕と悪魔の間に飛び込んできた。
何もおきない。
おそるおそる目を開けると自衛隊の迷彩服を着た女の子が立っていた。
「大丈夫?」
「あ、はい」
高校生くらいに見える。僕のお姉ちゃんと同じくらいかな。と、その後ろにまだ悪魔が立っているのをみて僕は震える。
「大丈夫だって。こいつには《再帰関数》を送り込んだからもう動けない。永遠に周囲の幻と戦うか、自分の存在意義を問うて無限後退のイドに墜ちたか、どっちかよ」
よくわからない。
「知能が高いヤツならだいたいコレでイケるんだけど、あいにくあいつはねぇ」
そういって遠くの巨大な怪獣を見やる。
「やっぱ隊長じゃないとダメか」
「呼んだか?」
「きゃっ」
いつの間にか僕と女の子のそばに男の人が立っていた。僕のお父さんよりは若い感じのおじさんだ。やっぱり自衛隊の服を着ている。
「あのう」
「なぁに? 君?」
「あなたたちって自衛隊の人ですか?」
「そうよ」
「戦車も、飛行機もやられちゃったのに、あんなのやっつけられるんですか?」
「あたしたちは戦車も飛行機も持ってないからねぇ」
女の子が笑いながら言う。それを引き継ぐようにおじさんが口を開く。
「私たちは通常の三自衛隊じゃないんだよ。空でもなく、海上でも陸上でもない領域で国民を守るために戦う第四の自衛隊」
「?」
「形而上自衛隊さ」
そう言うと腰から一丁の拳銃を取り出し怪獣に狙いを定めた。いくらなんでもそんなの効くわけがない。
「弾は並だがね。環境のほうを細工した」
ふと気づくととなりにいた女の子が猫耳になっていた。僕自身、腰から下がけむくじゃらのライオンみたいになっている。まわりのビルはピンクの象や月の裏側、アイゼンハワーになっているものもある。猫耳の女の子が言う。
「隊長は蓋然性をコントロールできるの。ここでは何でも起こりうる」
女の子の言葉は空中でケーキになって地面に落ちた。それをブラックホールが吸い込む。
「よくわかんないけど、そんな鉄砲の弾じゃ奇跡でも起きないかぎり無理だよ!」
僕の言葉が鳥になってはじけると、水色のカエルになった隊長が耳で返事する。
「無理じゃない。奇跡でもない。奇跡ってのは確率が圧倒的に低い事象のことを言う。いまこの場ではなんでも起こせる。ここで起こることは奇跡じゃなくって日常なんだよ」
言葉の途中でカエルはポストになりギターになり虹になった。虹が扇風機のトリガーを引き絞ると、緋色の天使が天から舞い降り、元怪獣だったPS2を粉々にする。
次の瞬間、僕は道路に立っていた。
あれ?
夢?
向こうに見える東京タワーもまっすぐ立っている。ビルも壊れた様子すらない。街の喧騒もいつもどおりだ。
ふと気づくと、そばの路地から猫がこちらを見ていた。
「いや……夢じゃないかも」
猫は僕の足元の水溜りを見つめていた。
その水溜りには小さな虹がかかっていた。
インスパイア元(というかシェアードワールド元):オッカムの更新料 http://neo.g.hatena.ne.jp/objectO/20070912/p1