萌理賞 - ミミナシ・イチホ (490文字)

彼女には耳がなかった。


放課後の屋上。いつものようにおれがマンガを読んでいると、突然目の前の床が光を放ち始めた。周囲の空気がチリチリと音を立てる。わずか数秒の出来事だったと思う。光がおさまったとき、そこに彼女がいた。
腰まで伸びた黒髪、知らない学校の制服、外国人かと思うような白い肌。
顔、腕、足、とにかく肌の見える部分すべてに呪文が浮かび上がっている。空間移動系のコードに似ているが、おれの知っている魔法体系じゃない。全身を覆うほどの高密度積層魔法なんて聞いたこともない。
けど何より目をひいたのは。
彼女には耳がなかった。


彼女がふらふらと立ち上がる。目の焦点があってない。
「…ここは…どこですか?」
屋上、って答えそうになってそういうことじゃないと気付く。
「東京の…三鷹市だけど…」
三鷹! わ、わたし、三鷹女子3年 柚木イチホです! じゃあ帰ってこれたのね!」
帰ってこれた? 全身呪文は何かの帰還魔法なのか?
こちらへゆっくり歩いてくる彼女が、急に立ち止まった。おれのほうを見て目をまるくしている。
「え? なにそのネコ耳? コスプレかなんか?」
どうやら、彼女が戻りたかった世界はここじゃないらしい。