あのころのおれたちは10kmの道のりを自転車通学してた。

あのころのおれたちは毎日10kmの道のりを自転車通学していたし、同じように隣の女子高の生徒たちも自転車だった。栃木県の北部だった。
自転車って乗り物の特性からいってチェーンが外れない自転車はないし、いやあるのかもしれないけれど、チェーンが外れない自転車は自転車としての価値はない。なぜならはずれたチェーンは高校生のおれでも簡単に直せて、女子高生には直せないものであり、そこに出会いを演出する余地があるから。
そうゆうチェーン出会い系の可能性を確信していたおれは日夜チェーンを直すテクニックを磨いていたし、そしてそのときかならずちょっとだけ手を切る訓練もしていた。これはだってそうすることで
「いたっ」
「あ、あの大丈夫ですか?」
「へいきへいき。それより直ったよ。この程度の血なんか舐めときゃなおるよ」
「そんなのダメですっ!あ、私バンソウコウ持ってますからっ」
彼女の真っ白なハンカチがおれの指についたオイルと血をふき取る。ちょっとしてまた血が滲み出したところに彼女はそっとバンソウコウを貼ってくれた。
「・・ありがと」
「いえ。 私もよく怪我するんでたくさん持ってるんですよ。ほら昨日もこんなに」
そういってスカートを持ち上げ膝頭のバンソウコウを見せる彼女。おれが顔を赤らめているのに気付いて彼女もあわててスカートを下ろし、頬を染める。
「あ、あのっ。直していただいて本当にありがとうございましたっ」
耳を真っ赤にして走りさる彼女が曲がり角の向こうに消えると、おれは人差し指に巻かれたバンソウコウに目を落とす。スヌーピーか。学校で茶化されるな。あ。そういや名前も聞いてなかった・・・あのリボンの色、たしか1年生だったかな?
なんて出会いがおきなきゃウソだし、事実、高校三年間、自転車通学していて一度だけチェーンの外れた女性に出くわしたことあったし、ただその女性は近所の農家のおばあちゃんだったってことと、そのおばあちゃんは「親切だねぇ、ぜひうちの孫の婿に」てきなことは一言も漏らさなかったことと、あと10kmの道のりを自転車通学する美少女女子高生は一人もいなかったってことと、そりゃ美少女女子高生は普通バス通学するわなってことと、いや数人は自転車通学女子高生いたのだけれど競輪選手みたいにゴツイ女子高生に変貌を遂げていたってことと、あとおれチェーンを直すのだけはうまくなった。高校三年間で学んだのはそれだけだった。