「ねえねえおじいちゃん。むかしばなしをしてよ」

「ねえねえおじいちゃん。むかしばなしをしてよ」
「むかしばなしかい? そうさのう」
老人はひげをさすりさすり月を見上げ、ゆっくりと話しはじめた。

* * *

昔々、ある男が才覚と技術と強運によって地球を汎銀河ネットから認知されるようにしたのじゃ。地球人は歓喜し、汎銀河と交流を始めた。地球の文化は汎銀河にとってはたいそうユニークでな。珍重がられたり、驚きをもって迎え入れられ、地球文化の劣化複製ばかりか、地球そのもののコピーペーストが数百もつくられたほどじゃ。
だがの。男にはもう一つ、才能があった。人に疎まれるのが得意だったのじゃ。
男は隣接銀河からわずか500クレジットで訴えられ、地球ドメインは法廷によって差し押さえられた。
地球は宇宙全方位から不可視となり、100億の現存する人間と1000億のこれから生まれる子供らが宇宙に存在しないものとみなされたのじゃ。
差し押さえから10年、地球人は汎銀河ネットへの接続、すなわち自分たちの存在を宇宙にしらしめるために、遍く宇宙へ飛び立った。授業で習ったろう? 《地球分散》のはじまりじゃ。
それ以後はおまえの知っているとおり。汎銀河は《地球銀河》がとってかわった。あの男もどこかの空に飛んだそうじゃが、その行方は誰もしらん。

* * *

老人が湯のみに手をのばす。東の空から二つ目の月が昇ってくる。
「ふーん。ねぇおじいちゃん、そのおとこのひとってなんてなまえ?」
すこし間をおいてから、極東の島国風の名を口にする。
「へぇー。おじいちゃんとおんなじなまえなんだねぇ」
老人はただしずかに孫の頭を撫でていた。