近所の団地を通り抜けるとき必ずカレーの匂いがする。

近所の団地を通り抜けるとき必ずカレーの匂いがするのだが、当然一つの家庭において毎日カレーを作っているわけではない。団地の中で、毎日どこかの家がカレーを作っているということである。お隣さんがカレーを作っていて、あら明日あたりウチもカレーにしようかしら、わーいぼくんちカレーだー、なのである。
ここでおれが驚愕するのは、要するに大量の人間がいる空間においては必ず誰かしらカレーのことを考えているということだ。誰かしらの思考の一部を必ずカレーが支配し、次々に別の脳に連鎖してゆく。匂いなどという確実性のかけらもない媒介物質を利用してカレーは脳から脳へ飛びわたる。あたかも聖火の炎が途切れることなくリレーされていくかのように、吹けば飛ぶようなあやういバランスの上で連なっていくのだ。
聖火か──。カレーの連鎖にも聖火リレーのように最後があるのだろうか? いつしか最終ランナーが現れるのであろうか? 感動の大団円が待ち構えているのだろうか? そんなおれの期待や予想とは裏腹に、今日もおれのカレーは美味いのだった。