シリーズ おれとドラクエ - ファーストAI=ドラクエ4である日本国民とおれとクリフト、あとときどきブライ

ドラクエ4といえばAIである。そしてドラクエ4のAIといえば、当時の日本国民にとってのマイファーストAIであり、姫様は弱者ばかり撲殺し、ブライはピオリムばかりかけ、クリフトはボスにザラキ、AI使えねぇの印象を人々の心に刻みつけたアレである。だが本当にそうか? AIだから学習すべき・戦闘楽になるべきという指摘は一見正しそうだが、いやいやドラクエが目指したのはそれではない、プレイヤーに楽させるためじゃない。真の目的がある。
確かにドラクエ4のAIはバカだ。いや目的のためにあえてバカである必要があったのだ。AIがバカであることで、他人は自分の思い通りには動かせないことをプレイヤーに悟らせ、他人は所詮他人なのだだからこそ他人の身勝手な振る舞いを許せるようになれ、それこそが勇者の資質である、とそう訴えてかけていたのである。それをわからせるためのAIだったのだ。
その後、ドラクエ5の「めいれいさせろ」の導入に、人々は「ドラクエAIの敗北宣言」を指摘し、ドラクエプレイヤーは仲間を手足のように扱うことに慣れた。勇者は仲間を信頼するのではなく使役する立場となった。
ドラクエ4プレイヤーだけが、バカな仲間を許せる勇者であり、ドラクエ5以降はそうではなくなった。その選択が正しいのか間違いなのかはおれにはわからない。
だが、ただひとつわかっていることがある。
それはおれがドラクエのキャラといえば一番にクリフトを思い出すということである。あああのバカね。ボスにザラキばっかりかけるあの──。ドラクエ4AIはシステムとして失敗だったかもしれないが、クリフトをおれの心に残すことには成功したのである。