「xxxマクリスティ」という言葉はおれに言葉の未来を感じさせる。

「xxxマクリスティ」という言葉がある。邦楽のアーティスト名をもじって使われるようになった言葉だと思う。この言葉の持つ「行き過ぎていないちょっとしたネタ感」「なかなかすり減らないだろうネタ強度」はもちろんすばらしいことこのうえないが、いやむしろ着目したいのはその自由度・流用可能度だ。
例えばちょっと語感の似た言葉で「マスカラしてマスカラ」というものがある。この言葉が自由度1のガチガチの言葉だとしたら「マクリスティ」は自由度10くらいはある。いや30はあるだろう。30倍もの自由度。そしてこの自由度の高さは古今東西老若男女にこの言葉を使いまくらせるだろうことは確実で、「マクリスティ」という言葉の長寿をおれに予感させるに十分なのである。
おれは期待で胸がいっぱいになる。
語源となったアーティストの「音楽」と「マクリスティ」という言葉。どちらがより遠い未来にまで残るのか。おれはそれを見届けたい。それをおれの一生の仕事に位置づけたい。そのように考えているのである。