鍵とゆうギミックから見る人類の新たなフェイズ。

みなさんもうすうす感づいているかと思うけれども、いま人類は新たなフェイズを迎えてると思うのです。最近の鍵事情を見てそう思う。
まずあなた方人類は内と外を隔てることを考え、壁というものをつくりだした。自分の領域を主張しはじめる。
そしてせっかく隔てておきながら、また内と外をつなぐ扉をつくりだすに至る。自分の領域に他者を受け入れる心構え?あるいは他の領域を侵略する意思の現れ?人類の臆病さと悪意の発現だろうか?
そしてまた隔てる意思、鍵を発明した。これは他者の中にも種類があるということ、すなわち敵と仲間という概念を発明したということだと思う。
そういった過去3つのフェイズ、壁→(アンチ壁としての)扉→(アンチ扉すなわちアンチアンチ壁としての)鍵を経て、いま現在、人類は第4のフェイズを迎えているとおれは感じていて、だってうちの風呂の鍵、内側から閉められるようになってるくせに、それを無効化する術が注意書きで書かれてるんだもん。非常時には中の人に声をかけて返事がないときにはこの穴に棒を突き刺して強く引いて扉をあけてくださいって。入浴中のおじいちゃんの返事なかったら使うと思うよ、これ。
しかして人類は第4のフェイズに移行、鍵は死んだ(key is dead)。そしていつしか人類は第5のフェイズに到達するのだろう。それはいったいどんな未来なのだろう。最近そんなことばかり考える。