意味師
死に瀕した老人がベッドに横たわっている。そのそばで意味師が話を続ける。
「……あなたが7才のとき拾ってやれなかったあの仔猫ですが、実はあの後……」
意味師は死にゆく人間に人生の意味を説く。
もちろん、宗教のような抽象論・一般論で人生の意味を語るのではない。その人間個人の全ログを、拡散した情報ミームの逆算から精緻に調査し、彼や彼女が不条理や不明瞭を感じていたすべての事象について、その意味を、その必然を説いて聞かせるのだった。
「……これがあなたの人生の物語のすべてです。その人生はあらゆる面で意味のあるものでした」
意味師がお定まりの締め口上を述べると、ベッドの老人は穏やかな笑みをうかべ満足そうに死に逝く。
だが意味師は死出の旅人を気持ちよく送り出すためだけに人生の意味を語るのではない。
ぐったりしたままの死体をベッドから抱き起こし椅子に座らせ頭を固定する。シェービングローションを頭に丁寧に塗り、頭髪を剃り落とす。蒸しタオルで泡をふき取った後、特製の開頭器で頭蓋骨をとりのぞく。出血はキッチンペーパーに吸わせるので問題ない。
眼前に現れた約1300グラムの薄桃色の塊。意味師はそこにスプーンを差し入れ、プルプルとした脳を掬う。
満足感に満ちたまま死んだ脳はβセロトニンを多く含む。それは甘美な香りを放ち、極上の味わいなのだ。グリア細胞と神経細胞が意味師の舌の上で絶妙のマリアージュを奏で、すっととろける。
口内に残る死の余韻に満足した意味師は待機していた助手に閉頭処理を命じ、部屋を去る。
意味師の報酬がその死体の脳であることから、多くの人は彼らを「忌みし」「忌むし」と呼び、毛嫌いしていた。
一方で、死を間近に控えた人たちからの意味師への依頼が途切れることはなかった。
彼らは意味師のことを、畏怖と敬意をこめてこう呼ぶのだった。
「イム師」あるいは「ホトケ師」と。
インスパイア元:
講談・砂漠事変 http://neo.g.hatena.ne.jp/objectO/20070920/p1
因果探偵 http://throw.g.hatena.ne.jp/sasuke8/20070911/p1
インスパイアされてるけどぜんぜん関係ない話になってしまった。