帽子姿の紳士が一人、古びた駅のホームを歩いている。

帽子姿の紳士が一人、古びた駅のホームを歩いている。
「卿、お待ちください」
後ろから声をかけられ紳士が振りむく。警察署の刑事だった。薄汚れたスーツのポケットからハンカチを取り出し鼻をかむ。
「……失礼」
「また君か。わしへの容疑は晴れたんじゃなかったかね?」
紳士は肩口のほこりを払いながら軽く受け答えする。何かを心配しているといった表情はまったくない。
「いやたしかに何の証拠もありませんでした。そのご立派なスーツについていた煤も証拠としては不十分でしたし、焼け残った白骨からもあなたとの関連はなにもなし。彼を殺す動機も不明ですしね」
「なら用はなかろう」
そういって立ち去ろうとする紳士に、あわてて刑事がかけより小声でつぶやく。
「……いままでは」
紳士の眉がピクリと動き、刑事に向き直る。
「いままでは? 何か証拠が見つかったのかね?」
「あ、いや、まだ見つかってはいないんですが、その前にお話を聞いていただきたく。まあなんですから歩きながらでも」
そういって刑事は歩き出す。紳士もそれについてゆく。駅のホームを抜け、線路沿いの砂利道に入る。
「なんだね。早くしたまえ」
「ええすぐに。……昔ですね、スペインのある村に幽霊屋敷がありまして。なんでもキッチンの床に人の顔が浮かび上がっていたそうです。そこの奥さんは顔を消そうとコンクリートを削り取ったんですが、再び別の場所に顔が現れましてね」
「いったい何の話だ?」
「で、国の機関が床下を掘ったところ13世紀ごろの人骨が出土したそうです。頭蓋骨だけはなかったそうですが……」
「ふん。非科学的な。しかし、どこまで行くのだ?」
「ああちょうどつきました。で、先ほどのスペインのお話じゃありませんが、もし現場に死体の人面が浮かび上がってたら、そいつから証言がとれやしないかと考えまして」
刑事は砂利道から線路に駆け下り、鉄の塊に手を触れる。
「たしかこの汽車の炉から白骨が見つかったんでしたね。……さあ、トーマス君、何があったか話してくれないか?」
刑事の声に反応して、大きな目玉が卿を捉える。その顔はまさにこの手で焼き殺したはずの……