天井コミュニケーション

昔の自分を振り返ると、隣の部屋でさっきまでキャッキャウフウフ言ってた弟と彼女が急にシンとしてしまったりだとか、大学一人暮らし時代には両隣からのギシギシアンアン5.1サラウンドだとか、もっぱら壁を通してのコミュニケーションが多かったように思う。
おれはといえばヤツラの精神攻撃に対抗して、めっさ壁ドンドンしたものだった。一瞬静かになるのだけどしばらくするとまたギシギシアン。壁ドン壁ドン。ギシアンギシアン。壁ドンドンドン。ギシアンアンアン。ドドドンドンドド。アアアンアンアア。双方向コミュニケーション。インタラクティブ
今思うと、あの状況は精神的に追い詰められはしてたけれども、叩く壁があるだけまだよかった。コミュニケーションが断絶してなかったもの。
だが近頃、問題は横から縦へ空間的に変化したのである。上階のお子様がだいたい30分おきにドンドンはねるのだ。アニメのOP、EDのたびに踊っているのだろう。
天井に枕投げつけても向こうには伝わらない。大声上げても、声が拡散してしまうのだろうか、やはり通じない。一方的にコミュニケーションを遮断された状態。ストレスがたまる。どうやってお子様のヤツ、思い知らせてくれよう。そんなことを考えてイラつくおれ自身もまた、部屋の中をドスドスと行ったり来たりしてしまう。
そして立ち止まり、気付く。
そうだ。槍だ。
槍を持て。
槍こそが天井人とのコミュニケーションツールなんだ。
しかしておれは、突き上げた槍の先端に確かな手ごたえを感じつつ、もうひとつの事実を知る。
現代社会において、天井は床であり、床は天井なのだ。
見下ろせば、おれの下腹部からそそりたつ鋭利な刃。
階下からの槍もまた、おれを貫いていたのだった。