3回目のデブリ回避行動のあと、おれはカーゴボックスの異常に気付いた。第5ステーション建造材放出後は空っぽだったはずのボックス内部に、大小さまざまな物体がモニターされている。箱だ。
明らかな異常事態にも関わらず、好奇心にかられたおれはスーツを着込みボックス内部に移動する。
玉手箱に雀の大小のつづら、パンドラの箱、ポオの長方形の箱にベレニスの小箱、ウォルター・デ・ラ・メアの古い樫の木の衣装箱。おれが小説や物語で読んだ箱が、おそらくそうあるだろう形のままに置かれていた。手近にあった漆塗りの玉手箱にグローブを沿わす。美しい造形だ。思わず組みひもを解こうとして手を止める。ダメだ。これは開けちゃいけない。まったく、おれはいったい何をしようとしているんだ。
おれは急いでコクピットに戻った。ヒューストンに連絡をとろうと通信を開くと、地上からの一方向命令文が再生された。最優先事項?
「オリオン8に告ぐ。こちら管制だ。貴船は未知の量子生命体の接触を受けた。内部にいかなる異常が発生しているとしてもこちらはそれを感知しないことを決定した。貴船の内部状態を知ることが人類の危機を引き起こす可能性があるとの識者の判断による。貴船は外部誘導により強制着陸、基地内の水銀と鉛の海に沈められる。君の元気な顔が二度と見られないかと思うと残念だ。オウヴァ」
おれは絶句した。一方的な通達のみで、あとは死ねっていうのか! 怒りに駆られながら、あらゆる手動操作を試みる。くそっ。すべてにプロテクトがかかっている。
シュレーディンガーの猫に感情があったならこんな気分だったろうか。そんなことを考えながら、もうコンソールをぶっこわしてやろうと考えたときには、すでに船は大気圏突入の体勢に入っていた。
もう死ぬしかないのか? ……ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!
振動する船内をはいずりカーゴボックスに入ったおれは、一瞬躊躇ったのち、目の前の小さな木箱を開けた。