グローバル・ポジショニング・システム(地球上でいまどこに《いる》か)

期末試験も終わり、夏休みまであとわずか。そんなある日の午後、おれは岸田に呼び出された。ホームルームのあと、共用のパソコンルームに向う。
「おー。結城。こっちこっち」
「用ってなんだ?」
「あーうん。おまえにたのみっていうか。話があってさ」
「うん?」
「これ見てくれ」
岸田がモニタを指す。新宿、渋谷、あとは調布あたりまでが映った電子地図だった。うちの学校のあたりと渋谷、あとは……岸田んちかな? その辺に赤い輝点が集中して表示されている。
「なんだ? これ?」
「おれの一週間の行動範囲」
そういって卓上の携帯電話を指す。
なるほど携帯のGPSとネットの地図サービスを使ったってことか。
家と学校を結ぶ道路上に赤い点が集中してて、そうか、渋谷はこないだの日曜おれといっしょに出かけたときのか。
「おれたちってさ、どこに住んでるって言われたら東京って答えるわけじゃん?」
「……ま、そうだろうな」
「でもこれ見ろよ。一週間でこれっぽっちの場所しか通ってないんだぜ?」
「……」
「一週間が半年になったっていっしょさ! 学校と家とときどき渋谷に行くだけ。これで東京に住んでるなんて言えるのか?
「ウェブにさ。行ったことのある国を色分けする世界地図なんてのあるけど、あれじゃダメだと思うんだ。ニューヨークに行ったらアメリカか? パリに行ったらフランスか?
「なんかうわっつらなんだよ。そんなんじゃないと思うんだ。世界はもっと密度に満ちてる!」
岸田が携帯を手にとる。
「おれは」
モニタを指差し、口を開く。
「休み全部つかって、23区全部を赤く染めてやる。行ける道、行ける場所全部行ってやる。そしたらやっとおれ。東京に住んでるって言えると思うんだ」
「……なんでおれに言うんだ?」
「……わかんね。ただ誰かに言っておきたかった。そしたらおまえだったっていうかさ」
そういってパソコンのほうを向く。ちょうどおれに背を向ける格好で。
「ときどきさ。ここにアクセスして、おれが地図を赤く埋めてる様を見てくれないかな? ……ダメかな?」
「ダメだな」
「……そっか……」
岸田がPCを終了する。
「地図を見るだけなんてつまらねぇからさ。おれも付き合うよ」
「……いいのか?」
「なんか岸田の言うことわかるし。おれもここに住んでるって言いたいしさ」
岸田は小さく「悪いな」とつぶやいた。それがなんだかむずがゆかった。